近代アートの歴史上、絵画は視覚表現の追求とともに現実から遠ざかっていきました。フォーヴィスムにより色の、キュビスムにより形の自由革命がもたらされます。結果として行き着いた先は現実を「再現しない芸術」抽象芸術でした。
抽象芸術は現実を模倣する、たとえば肖像画のようなアートではありません。むしろ音楽に近い性質を持ったアートだと言えます。なぜなら、音楽もまた現実を「再現しない芸術」だからです。
ということで今回は抽象芸術を音楽という側面から見ていこうと思います。
音楽=抽象芸術
音楽が現実を再現しないということについてもう少し詳しくお話します。音楽は非常に抽象的な芸術の形です。なぜなら、直接的に物事を指し示すことができないからです。もちろん、くじらの鳴き声などの自然音を音楽の中にアクセントとして使うことはあるんですが、本質的に音楽はメロディーで絶望や希望といった抽象的概念を表現します。
バイオリンの旋律やドラムの振動は互いにハーモニーを生み出し、聞くものの想像力に訴えかけます。たとえば、「海」という題名の曲は海のイメージを頭のなかに呼び起こすかもしれませんが、絵画のように海のイメージを直接目に見せることはできません。
音楽的絵画、オルフィスム
そのような音楽の抽象的表現を絵画上で行おうとしたのがオルフィスムの画家たちでした。オルフィスムの名前の由来は竪琴の天才、オルフェウスというギリシア神話の英雄です。オルフィスムは非再現的な色彩と非具象的な形による音楽的表現が特徴的です。また、キュビスムの発展形として語られることもあるのですが、あくまでキュビスムは形のあるものを描いた具象絵画であったのに対して、オルフィスムは形のない音楽や色を主役として扱うのでキュビスムとは一線を画しました。
彼らは音符の変わりに色と形で作曲し、抽象的概念を頭の中に呼び起こします。
音楽的抽象絵画の集大成
そのような絵画上での音楽的表現をさらに推し進めていったのがカンディンスキーとクレーでした。彼らは抽象絵画の元祖的存在ですが、それぞれ独自のスタイルを発展させていきます。カンディンスキーは色には音があると言います。色の組み合わせは和音や不協和音を生みます。
彼のComposition VII (1913)では形は完璧に抽象化されており、色が和音や不協和音を作り出して、ハーモニーやアクセントを生み出しています。
彼は色の音を聞くためには絵画から意味を排除しなければならないと考えました。なぜなら人は無意識のうちにイメージの中から意味を読み解こうとしてしまい色に目を向けなくなってしまうからです。
カンディンスキーこう考えました。色は魂に直接影響を与える力を持っている。色はキーボードで目はハンマー、魂はたくさんの弦でアーティストはピアニスト。アーティストはキーを叩くことで魂に振動を起こす、と。
カンディンスキーの絵が完全なる抽象表現だとしたら、クレーは具象画と抽象画を組み合わせたような表現をしました。
「セネシオ」(1922)では人の顔に抽象的パターンが描かれています。クレーは、芸術とは「目に見えるものを映し出すのではなく、目に見えないものを見えるようにする」ことと定義し、外観の向こう側の目に見えないリアリティを表現しました。
以上、絵画上での音楽的表現を追求していった画家たちを紹介してきました。彼らの絵を鑑賞するときは何か意味のあるものを探して何も見つかりません。それよりも、ただ色や形の組み合わせを観察して、浮かんでくるイメージや感覚に気持ちを傾けてみてください。色の音が聞こえてくるかもしれません。