白い背景に黒い正方形。ロシアの芸術家マレーヴィッチによる「黒の方形」(1915)は絶対主義の代表的作品です。これが芸術!?と思うかもしれませんが、立派な芸術作品なのです。何がこの黒い正方形を芸術たらしめているのか…
舞台は社会主義の風が吹き荒れる1900年頭のロシア。絶対主義と構成主義を紹介します。
絶対的抽象=■
この作品は絶対主義の代表作ということなので、まず絶対主義について説明します。何が絶対なのか。それは抽象を極めたという意味での絶対です。抽象芸術といえば前回、二次元上の音楽的表現を目指した抽象芸術を紹介しましたが、絶対主義では音楽的要素すらありません。というか対象がありません。しかし、何も指し示さない芸術なんてストーリーのない小説みたいなものです。一体どういうことなのでしょうか。
絶対主義では芸術作品それ自体の物理的性質に着目します。作品の色、トーン、重さ、材質、動き、空間、そして要素のバランスなど…先ほどストーリーの無い小説で例えましたが、その文脈で言いますと紙の材質や色、重さなどがその小説の主題です。
本を開いても白紙のページが続くだけ…何の説明もヒントもありません。それこそが最高の抽象であるというのが絶対主義です。自然の再現も理想化もしない、純粋な技術や素材への着目はアートの役割をひっくり返してしまうインパクトを持っていました。
「黒の方形」に関して、マレーヴィッチはこう言います。「全ての視覚的ヒントを取り除くことで客観性が作品からなくなる。結果として、鑑賞者は純粋な感情を楽しむことができるのだ。」と。
彼は人びとに白いふちと黒い正方形の関係性を、絵の材質を、色の密度や重さを考えてもらうことを望んでいました。
パワーバランスの変化
一方、そんな作成者の意図とは関係なしに、鑑賞者はこの作品について好き勝手言えます。なぜなら、絶対主義の絵に客観性はないからです。たとえば、白いふちが生、黒い正方形は死を表している。生とは死のふちであり、絶えず我々は死のふちを綱渡りをしているのだ。的なw
でも、ただの黒い正方形やんけっていう解釈もできます。
「この黒い正方形の裏にはなにかとてつもない意味があるのではないだろうか…だって、美術館に飾ってあるんだし…でも、ただの正方形だよなぁ…」と鑑賞者は考えます。
アートはアーティストによって作られたゲームで、我々はそのゲームにチャレンジするプレイヤーという図式です。
芸術家は従来身の回りのものや空想の世界を二次元上に表現しようとしてきました。鑑賞者はどれだけリアルに見えるかで上手い下手を評価することができます。つまり鑑賞者が力を持っていました。
しかし、そのパワーバランスが絶対主義によって覆されたのです。ゲームマスターはもはやアーティストです。「この■には隠された意味、宇宙の真理があるのです。。。」
それでも、「芸術家には特別な才能がある」と人びとが信じないとただの四角やんで終わっちゃうんですが。
構成主義と実用性の追求
絶対主義の後、1917年あたりから1920年代にかけて同じくロシアで構成主義というものが生まれます。絶対主義は二次元の純粋芸術でしたが、構成主義は三次元空間に同様の概念を引き継ぎながらも芸術の実用性を重視して展開していきます。これはタトリンの「コーナーレリーフ」(1914-1915)です。構成主義ではその名の通り、工業用の金属板や針金などの素材を組み合わせ彫刻を作っていきます。
美術史上に現れた最初の純粋抽象彫刻とも言われるこの作品。今までの彫刻作品では空間と彫刻は別に捉えられていたのですが、部屋の角の空間自体も含めて作品としている点が画期的でした。
タトリンは虚像としての絵画空間ではなくて、現実の素材で現実の空間を作り上げる構成主義の方が優れていると考えました。
というのも当時の社会主義国家となったソビエトでは生産主義のもと、美術にも実用性が主張されて、芸術的な形と実用的な目的が一つとなった合目的な美術が求められ始めたからです。
そのような要請を受けて構成主義者たちは純粋美術を離れ、家具、食器、衣服、建築、ポスターなど実用的な分野に美術的表現を応用していきます。
これは構成主義の芸術家、ロトチェンコによるおしゃぶりの広告です。幾何学的形態の組み合わせによる造形表現は絶対主義の流れを汲んでいます。
しかし1929年、スターリンの独裁が始まると、芸術団体は解散させられてしまい構成主義の運動は終わってしまいます。そして社会主義リアリズムへと移っていきます。。
以上、ロシアの芸術運動について解説してきました。社会主義の影響下のロシアということで、芸術運動も理想論的な傾向が強いですね。
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