シュールレアリズムは日本にどう影響したのか?意外な文化の交差点

1920年代、パリで誕生したシュールレアリズムは、やがて海を越えて日本にも到達しました。でも、日本の芸術家たちはこの「超現実」の世界をどのように受け止めたのでしょうか?


実は、シュールレアリズムが日本に与えた影響は、単なる西洋
美術の模倣ではありませんでした。むしろ、日本独自の文化や美意識と融合し、まったく新しい表現を生み出していったのです。


■1930年代:日本のシュールレアリズムの黎明期


日本にシュールレアリズムが紹介されたのは1930年代初頭のこと。当時の日本は、急速な近代化の波の中で、伝統と革新の狭間で揺れ動いていました。


詩人の瀧口修造は、日本におけるシュールレアリズムの理論的支柱として知られています。彼は1930年代に数多くの評論や翻訳を通じて、アンドレ・ブルトンらの思想を日本に紹介しました。瀧口の活動によって、シュールレアリズムは単なる芸術運動ではなく、社会や人間の無意識を探求する思想として受け入れられていったのです。


画家の古賀春江も、この時期の重要な人物です。彼の作品「海」(1929年)は、日本の風景や事物を幻想的な構図で描き出し、西洋のシュールレアリズムとは異なる独特の世界観を示しました。機械文明への憧憬と不安が入り交じった、まさに昭和初期の日本の精神状況を映し出していたのです。

古賀春江《海》1929(パブリックドメイン)

■禅とシュールレアリズム:意外な共通点


興味深いことに、シュールレアリズムの「無意識の解放」という理念は、日本の禅の思想と不思議な親和性を持っていました。


禅では「無心」や「悟り」といった、論理を超えた境地を目指します。一方、シュールレアリズムは「オートマティスム(自動記述)」という手法で、意識の統制を離れた表現を追求しました。この二つは、表面的には異なる文化から生まれたものですが、どちらも「理性の支配を超えた真実」を求めていたのです。


実際、戦後になると、この禅とシュールレアリズムの融合は、欧米の芸術家たちからも注目されるようになります。ジョン・ケージやアラン・ワッツといった人々が、日本の禅思想に触発されながら、新しい芸術表現を模索していったのは有名な話ですね。


■戦後:アヴァンギャルドの爆発


第二次世界大戦後、日本のシュールレアリズムは新たな展開を見せます。


1950年代に活躍した「具体美術協会」は、シュールレアリズムの影響を受けながらも、身体性やパフォーマンスを重視した独自の表現を追求しました。吉原治良を中心としたこのグループは、「人のまねをするな」という理念のもと、絵画の枠を超えた実験的な作品を次々と発表しました。


また、写真家の細江英公は、舞踏家・土方巽とのコラボレーションで知られる「鎌鼬(かまいたち)」シリーズを制作。これらの作品は、日本の農村風景の中で繰り広げられる幻想的な身体表現を捉え、国際的にも高く評価されました。シュールレアリズムの精神が、日本の土着的な感性と結びついた傑作と言えるでしょう。


■現代への影響:マンガ・アニメとシュールレアリズム


そして現代。シュールレアリズムの影響は、実は日本のマンガやアニメにも脈々と受け継がれています。


手塚治虫の実験的な作品や、つげ義春の「ねじ式」のような夢幻的なマンガは、明らかにシュールレアリズムの手法を取り入れています。論理を超えた展開、現実と非現実の境界の曖昧さ―これらはまさにシュールレアリズムの特徴そのものです。


また、今敏監督の「パプリカ」や、押井守監督の「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」なども、夢と現実が入り混じる世界を描き、シュールレアリズムの精神を現代に蘇らせています。


■まとめ:文化を超えた創造性


シュールレアリズムは日本において、単なる輸入思想にとどまりませんでした。それは日本の伝統的な美意識や思想と出会い、まったく新しい表現形態を生み出していったのです。


西洋と東洋、理性と感性、伝統と革新―さまざまな対立する要素が交差する場所で、芸術は最も豊かな実を結ぶのかもしれません。シュールレアリズムの日本における展開は、まさにそのことを教えてくれる興味深い事例なのです。


みなさんも、身近なマンガやアニメの中に、シュールレアリズムの影響を探してみてはいかがでしょうか?きっと新しい発見があるはずですよ。

20世紀美術の革命家ヨーゼフ・ボイスと社会彫刻


これまでこのブログでは現代美術史の運動をおおまかに紹介してきましたが、これからはそれらに加えミクロな視点でアーティストや作品を紹介していきたいと思います。


今回はドイツの芸術家ヨーゼフ・ボイスを紹介します。


彼はアーティストでありながら、教育者や社会活動家という顔を持ち、レクチャー、対話集会、パフォーマンスなどを通し政治経済や環境問題について積極的に介入しました。


彼の有名な作品「私はアメリカが好き、アメリカも私が好き」(1974)は、ボイス自身がアメリカのニューヨークにある画廊の中で、1周間コヨーテと暮らし、実際のアメリカ人とは接触しないというパフォーマンスです。


コヨーテはアメリカ先住民の間では神聖視されており、後に白人によって迫害されました。そのコヨーテをアメリカの真の姿と捉え、コヨーテとのみコミュニケーションをとろうとしたこのアクションは、先住民やその文化を排除し発展してきた現代のアメリカ社会を暗に批判したものでした。


このように社会に対して疑問を投げかけ挑発するようなスタイルが彼のアートには特徴的です。

熱と彫刻

また、彼の芸術にとって変化や生命を意味する熱は重要な要素です。彼にとって熱は社会の変化をもたらすものでした。


従来の彫刻では石や金属、木材といった無機物を使いモデルの形を永遠にとどめようとします。しかし、無機物から作られるそれらの彫刻には生命の証拠である熱エネルギーがありません


それゆえに彼は熱によって形が変化したり、熱を保持する機能がある素材を好んで用いました


たとえば、「グランドピアノのための等質浸潤」(1966)ではフェルトが彫刻の素材として使われています。


「脂肪の椅子」(1963)では蜜蝋が使われています。


私は、熱(冷)が超空間的な彫像原理であることに気づいたのです。それはかたちを変えることによって、拡張にも収縮にも、融解にも結晶化にも、カオスにも形成にも対応するのですから

社会に伝導する熱

そんな彼の彫像理論は芸術の領域を飛び出し社会活動に発展していきます。



「私たちが生きるこの世界を、どのように形成し、現実化するか。それは、進化するプロセスとしての彫刻なのです。人間はみなこれをつくる芸術家なのです。


彼にとっては人間が未来の世界や社会を創造性によって造形していく「社会彫刻」こそが未来の芸術のかたちでした。そして、その自覚を持ち行動する人は「誰もが芸術家」であると説きました。


人びとを社会を変革する個人として捉えた彼は大規模なプロジェクト「7000本の樫の木」(1982)を開始します。


このプロジェクトは樫の木をカッセル市内に植樹するもので、それぞれの樫の木の根本には玄武岩が一緒に埋められました。成長する樫の木は生を、形を変えない玄武岩は死を象徴しています。彼はこのふたつの要素が存在することで世界は構築されていることを暗示したのです。


ヨーゼフ・ボイスの「社会彫刻」というアイデアは世界中で行われているアート・プロジェクトの基礎的な考えとなっています。アートで世界を変革しようとした彼の信念は今でもそうやって引き継がれているんですね。



「バベルの塔」展への誘い



「バベルの塔」展行ってきました!

ブリューゲルの「バベルの塔」素晴らしかったです。

「バベルの塔」描き込みすごいんですが、サイズは59.9 * 74.6 cmと意外と小さいです。

「バベルの塔」という題材のスケール感に対比しての絵のサイズが、繊細さを際立たせると共に、凄みを醸し出していたように感じました。

必見です!

ということで、本記事は「バベルの塔」展についてです!

基本情報

まずは基本情報を。

「バベルの塔」展は4月18日〜7月2日まで東京都美術館でやってます。上野動物園の隣ですね。

大阪では7月18日~10月15日まで国立国際美術館で開催されるみたいです。

本展覧会では、ボスとブリューゲルの2大巨匠の作品を始めとした16世紀ネーデルラント美術約90点を鑑賞できます!

目玉は24年ぶりに来日するブリューゲルの「バベルの塔」。そして、日本初公開となるボスの「放浪者」と「聖クリストフォロス」です。

これらの作品については別の記事で詳しく書こうと思います。

展覧会は全部で8つのセクションに分けられています。

この記事では、各セクションの概要と見所を書いていこうと思います。


I. 16世紀ネーデルラントの彫刻

15世紀、16世紀のネーデルラント彫刻が展示されてます。同時代の絵画と比べて知名度は低いのですが、細部まで彫り込まれており、作品の質としては絵画にも負けません。

様々な角度から鑑賞するたびに新たな発見があります。特に表情や服のシワの表現が印象的でした。

II. 信仰に仕えて

15世紀、16世紀の絵画は宗教的目的のために作成されていました。文字の読めない人にキリストの物語を広めるのには、絵画や彫刻といった視覚表現が有効的な手段だったんですね。

信者たちが誰が描かれているか判別できるように、聖人たちに特有の持物も決まります。

例えば、キリストはうっすら髭を生やしている。聖カタリナは剣を持っている。聖クリストフォロスは杖を持った巨人、などです。

どのような特徴があるか絵画ごとの共通点を探してみるのも面白いかもしれません。

III. ホラント地方の美術

ホラント地方は現在のオランダ中心部のあたりです。16世紀頭にホラント地方最大の都市レイデンで、新たな絵画文化が徐々に形成されていきます。

みなさんご存知レンブラントもレイデン出身です。

イタリア・ルネサンスの影響か、人物表現が静的なものから動的ものになっているように感じました。前セクションの絵画と比べてみてください。

IV. 新たな画題へ

16世紀の主な画題は聖書と聖人の物語なのですが、徐々に日々の暮らしや風景を題材にした絵画が作成されるようになります。

水差しや馬、田園風景など。展覧会の導線に沿って鑑賞すると時代ごとの変化を顕著に見ることができます。

V. 奇想の画家ヒエロニムス・ボス


みなさんご存知、ヒエロニムス・ボス!ネーデルラントの最も有名な画家の一人であると共に、最も独創的な画家の一人としても知られています。

奇妙な怪物たちが蠢くカオスな世界は一度見たら忘れられません。

今日ボスの作品は油彩画25点、素描10点しか現存していません。本展覧会ではボスの貴重な油彩画2点が鑑賞できます。

VI. ボスのように描く

1951年にボスは亡くなるんですが、その後もボスのような作品が家族や工房の助手、模倣者達により制作されます。

このセクションでは彼らの作品を鑑賞することができます。ボスっぽさが随所に散りばめていて、見所がある作品が多いです。

VII. ブリューゲルの版画


1955年代以降、ボス風版画が次々と作られます。この「ボス・リバイバル」に大きく貢献したのが、「第二のボス」として知られているピーテル・ブリューゲル1世です。

版画は絵画と比べ、比較的安価で複数印刷することができます。そのため、広範囲に普及しました。彼はこの特性を早い時期から見抜き、多くの版画作品を手がけます。

ボスっぽいモンスターが登場するカオスな作品ももちろん見応えがあるのですが、農民の日常を描いた作品も必見です!

当時の農民の暮らしや風景がどのようなものだったのかがわかりとても興味深いです。個人的に好きな作品は「阿呆の祭り」です笑

VIII. 「バベルの塔」へ

ここではブリューゲルの最高傑作の一つ「バベルの塔」が展示されています。結構混むので単眼鏡があると鑑賞が捗ると思います。

バベルの塔は旧約聖書の「創世記」に登場する塔です。

神はノアの子孫たちが世界各地に散らばって繁栄することを望んでいました。しかし、彼らは天に届くほどの塔を作り、散り散りになることを避けようとしました。

そこで、神は同じ言葉を話していた彼らの言葉をバラバラにしてしまい、大混乱を生じさせます。

このことにより、塔の建設は中断され、人々は別々の地域に散らばります。

塔はヘブライ語で混乱を意味するバベルと命名されることになります。

この絵は人々の傲慢の象徴とみられることもあれば、分裂が生じる以前の調和を描いたという見方もあります。

皆さんはどう感じるでしょうか。ぜひじっくり鑑賞して欲しいです。





以上、「バベル展」についてざっくり紹介してきました。お気に入りの作品についてはまた別で記事を書きたいと思います。

CraftとArtの違いについて 縄文土器は芸術か

陶芸教室での体験

この前、ふと思い立って陶芸教室の説明会に行ってきました。

棚の上には生徒の作品が所狭しと並べてあって、一目でモチーフがわかるものから、抽象的なものまで様々でした。

何気なしに観察していると、それらの作品が実用的なものと実用的でないものに分類できることに気づきました。

前者は食器や花瓶などです。後者は人形や置物です。

僕はそれらを見たときに、一見なんのために作られたかわからないオブジェの方により芸術性を感じました。もちろん、実用的な作品にも美しい装飾は施されていたのですが、アートであるとは思いませんでした。


なぜそのように感じたかを考えてみました。そして出た結論。

それは謎を提供しているかどうかです。

食器や花瓶は用途がハッキリしています。いつどこで誰がなんのために使うのかといったことは、その形状からわかります。

一方、謎のオブジェはそもそも何のために作られたのか、その着想がどこから来たのかといったことがわかりません。

この謎こそが鑑賞者をその作品が持つ世界に引きずり込み、芸術を芸術たらしめるのではないかと考えました。

縄文土器は芸術か

上記の観点から縄文土器が芸術なのかどうかということを考えたいと思います。

というのも、縄文土器は世界最古の土器として知られていて、実用性を持ちつつも多くの謎を提供しているからです。

縄文土器が芸術かどうかを考えることで、アートの輪郭がより明確になるのではないかと思います。


縄文土器といえば、何を連想しますか?僕は歴史の教科書で見た縄で模様がつけてあるボール状の容器や、埴輪的なものが思い浮かびます。
こんなのとか。

とてもシンプルですね。これは芸術とは言えなさそうです。

装飾も控えめで使用用途もある程度わかるためです。


しかし、縄文土器には様々種類があって、実用的な装飾の度合いをはるかに超えたものもあります。

例えば、火焔型土器。燃え上がる火焔のような装飾からそう呼ばれています。
確実に使いにくい!

呪術用なのでしょうか。容器として使うには過剰な装飾です。


他にはお産土器。出産を表しているとされています。
施されたシンボルから物語的表現が見て取れますが、こちらも普段使いには適していないように見えますね。

CraftからArtへ

これらの土器に使われている技巧やシンボリックな表現は現代アートにつながる部分もあるのですが、どちらも実用性があるという点ではアートとは呼べないのかなと思います。

土偶についても宗教的用途で作成されたとされていて、実用的な用途という観点から彫刻とは別物であると言えます。


一方、我々はこれらを謎を提供するオブジェという観点からアートとして捉えることもできます

我々の時代は彼らの時代と大きく異なります。様々な研究で解明されたことも多いのですが、どのような社会的背景からこれらの土器が作成されたかを完全に知ることは難しいです。

ゆえに我々は1万年前の土器を目にして色々と疑問を持ち想像するわけですね。

実際、遮光器土偶とか見ると、明らかに身の回りの風景をモチーフにしたものではなく、何か異質な感覚を受けます。縄文時代に宇宙人との交流があったのかもしれないな〜とか考えてしまいます。

結論としては、縄文人にとってこれらはアートではありません。実用的な目的を持って作成されたためです。僕らが時計や携帯電話をアートと見ないのと同じことです。

しかし、僕らにとっては謎を提供するアートとなります。一つ一つの模様が謎を生み出し、これらの作品の持つ世界へと鑑賞者を誘います。

つまり、時代の隔たりが謎を醸成し、craftをartに変えるということです。

僕らが現在芸術作品と見なしていない実用的なものも、1万年後には美術館に展示されているかもしれませんね。

絵画の楽しみ方ー観察と推測


お久しぶりです。




3年ぶりの更新ですね。これからまたちょくちょく更新していきます!

西洋の20世紀美術を紹介してきたんで、これからは日本の美術についての歴史について書こうと思ってます。

それと、今年は展覧会に積極的に足を運びたいです。今だとミュシャ展とか雪村展とかやってますね。展覧会評など書いていきたいですね〜。

展覧会ってワクワクしますよね。サーカスがうちの町に来た的な。

視界で捉えきれないほど大きな絵画に圧倒されたり、よくわからない彫刻に問いを投げかけてみたり。

あの角を曲がると何が待ってるんだろう、、、と。

もはや冒険ですね。


展覧会のもやもや



ただ最近、自分は展覧会に行ってもフルにその良さを味わえてないのではないかと思うようになりました。

絵画を眺めてみたり、説明文を読んで納得してみたりと。

それはそれで楽しいんですが。

受身というか、見てるようで見ていないというか。。

いつも後ろ髪が引かれる思いで展覧会を後にしてました。

そんなある日、書店で見かけた本のタイトルにビビッと来ました。


観察力を磨く



「観察力を磨く 名画読解」という本なんですが、これは目からウロコでした。

アートを分析する力は、仕事にも活かせる!と言ううたい文句に、「本当かよ〜」と思って手に取ってみたんですね。


著者の方は大手企業で、美術作品によって観察力・分析力を高めるセミナーを行っているみたいです。

この本、実はまだ2章ほどしか読んでないんですが、既に学びが多いので共有させていただきたいです。


細部と疑問




この絵を見てほしいんですが、パッと見どんな場面だと思いますか?

二人女性がいますね。

片方は華やかな服を着ていて、片方は質素な服を着ています。

椅子に座って何か書きものをしていたのでしょうか。注意は差し出された紙片に向いています。


以上のことは瞬時にわかります。

しかし、もっと踏み込んでよく観察してみてください。

そして、できるだけ多くの情報を集めてみてください。

もう十分だと思ったらスクロールしてください。
































では、ここでいくつか質問です。

テーブルのクロスは何色だったでしょうか?

豪華な服を着ている女性が持っていたものはなんでしょうか?

机の上には何点ものがあったでしょうか?

光はどちらからさしていたでしょうか?



どうでしょう。

ちなみに僕は全然わかりませんでした笑

人って見てるようで見ていないんだなぁと気づかされました。

もう一度観察してみてください。そして次は二人の関係性について考えてみてください。

観察を終えたら、スクロールしてください。

































立っている女性は、召使いでしょうか。友達でしょうか。それとも母親でしょうか。

肌の質感から、二人は同年代くらいだと推測されます。

また服装から、二人は同じ社会階層には属していないと思われます。

女性の姿勢や身振りなどから、座っている女性に手紙を渡しているように見えます。

以上のことから、二人は姉妹でも親子でも友人でも他人でもなく、おそらく召使いと女主人であると導かれます。

実際に絵のタイトルは「婦人と召使い」です。フェルメールによって1665年頃に描かれた絵画です。


見るということ


時間をかければかけるほど、一枚の絵から多くのことが読み取れる

逆に今まで自分がいかに見ていなかったかがわかります。

展覧会では15秒もかけずに次の絵に、なんてザラです。

今後は疑問を持ち、たっぷりと時間をかけて、細部まで観察したいと思います。

なんだか、展覧会行くのが楽しみになりますね。



ダミアン・ハーストのグロテスクな表現とポストモダンのアートのあり方



縦に切り裂かれたサメがホルマリン漬けにされているこの水槽。ダミアン・ハーストによる「生者の心における死の物理的な不可能さ」(1991)という有名なアート作品です。


このようにグロテスクだったりバイオレントな表現でショックを与えるやり方はポストモダンにおけるアートの一つの傾向です。


ということで今回はポストモダンのアートを見ていきます。

ポストモダンとは

まずポストモダンとはなんぞやってところからなんですが、基本的にポストっていったら後や脱を意味します。


なのでポストモダンとはモダンを脱したアートの時代のことです。


モダンというのは近代という意味でここでは近代アートを指しています。


だいたい時代にして1800年後半の印象派から1900年代後半ミニマリズムまでの範囲を総称して近代アートと呼ぶようです。


そしてその後から今までの時代をポストモダンと言います。


特徴はキュビスムとかシュールレアリズムとか、何々イズム(主義)という大きな美術運動が見られなくなったこと


ポストモダンのアーティストはそのようにカテゴライズされるのを嫌い、それぞれが独自のアートスタイルを発展させていきます。


それでも近代アートの影響は大きく残っていて近代アートの哲学やテクニックが彼らの作品ではミックスされていたりします


他にもモダンとポストモダンの違いは、、、


  • モダンは伝統に反発するが、ポストモダンは何にも反発しない
  • モダンはシステマチックで秩序だっているが、ポストモダンはゴタゴタでカオス
  • モダンは未来に希望を持っていたが、ポストモダンは未来に疑問を投げかける
  • モダンは真面目な冒険家だが、ポストモダンは遊び心のある実験家

と、大分雰囲気が違います。モダンでは大きな派閥に属して熱心にアートに打ち込むイメージですが、ポストモダンではそれぞれのアーティストがやりたい放題やってる感じです。

アートとモラル

一見バラバラでまとまりのないポストモダンにおいても大きな傾向性は存在するようです。


それが、冒頭で紹介した作品に代表されるようなショッキングなアート作品です。


このタイプのアーティストは挑発的だったりショッキングな作品によりアートとモラルの関係性に疑問を投げかけます


アートとモラルの関係性は古くから議論されている美学における問題です。


たとえば原爆のキノコ雲の写真にはある種の美しさがあります。しかしモラル的にこのキノコ雲の写真をアートとみなすことは良いのでしょうか。


アートとモラルは切り離して考えるべきなのか。それともアートはモラルに従うべきなのか。


伝統的に見ると、アートはモラルと密接な関係を持っていました。美しいとされるものは道徳的にも良いものであるという関連付けが普通だったからです。


しかし、近代に近づくにつれそのような価値観に対して疑問が投げかけれます。



ダミアン・ハーストの「千年」(1990)はおぞましい作品です。


ガラスのケースの中には牛の頭と砂糖、ハエとウジ虫、そして殺虫灯が置かれています。


ハエは牛の頭に卵を植え付け、生まれたウジ虫は牛の肉を栄養源にしてハエに成長していきます。そして飛び回るハエは殺虫灯にぶつかって死にウジ虫の栄養となります。


そのようなライフサイクルがガラスの箱の中で再現されます。




相当グロい作品ですが、生と死、誕生と腐敗といった主題を取り扱ったアート作品であることは確かです。


また、四角い長方形や正方形の箱といったミニマリズムちっくな装置、砂糖や殺虫灯といった日常のものをそのまま持ち込むダダイズムのレディメイドの考え方、アイデアこそ大事だというコンセプチュアル・アートの態度など近代アートの影響が見られます。



こんな感じで人びとを挑発しショックを与える傾向が今のアートにはあるようです。


賛否両論あると思いますが、確かにこの方法は一度見たら忘れられない強烈な印象を見るものに与えます。そのような点でこの方法は個人が競争の激しいアートの世界で自らをアピールして生き抜く一つの方法なのかもしれませんね。







地球がキャンバス!?ロバート・スミッソンのスパイラルジェティ



ユタ州のグレートソルト湖にある渦巻き状の堤防。実はこれはただの堤防ではなくてアート作品なんです!


ロバート・スミッソンの代表的作品「スパイラルジェティ」(1970)はランド・アートという岩、土、木、鉄などの自然の素材を使って大地に展開されるアートジャンルに属します。


今回は「スパイラルジェティ」をサイトとエントロピーという概念から読み解いていきます

サイトスペシフィックなアート

まずサイトという概念について。サイトというのは特定の野外に置かれた作品のことを指します。


サイトのポイントはアート作品がある特定の場所に大きく依存するということです。


たとえば、「スパイラルジェティ」のあるユタ州グレートソルト湖は潮の満引きで水位が変わるのですが、作品製作時は記録的に水位が低かったため、「スパイラルジェティ」は数年に一度のタイミングでしか湖面にあらわれないそうです。


そしてグレートソルト湖は名前の通り塩分濃度が海水より高いという特徴も持っています。そのため塩湖特有のバクテリアが水面を赤く染めるとともに、徐々に作品が分解されていきます。


これらの効果は偶然ではなく、全てアーティストによって計画されています。つまり、「スパイラルジェティ」はグレートソルト湖じゃないと成立しないアート作品なんですねー。

衰退しゆく運動エントロピー

また、芸術作成に関してロバート・スミッソンはエントロピーという概念にこだわりを持っていました。


エントロピーは外界とのやりとりの無い閉鎖されたシステムの中ではすべてのものは徐々に衰退していくという概念です。


たとえばバナナをほったらかしにしてたらどんどん黒くなっていきます。黒くなり始めたら黒くなる一方でいきなりフレッシュなバナナに戻るということはありえません。これもエントロピーの現れだと言えます。


「スパイラルジェティ」の始まりと終わりを融合する渦巻き形や、微生物により分解され水没していく設定はロバート・スミッソンによるエントロピーの究極の表現なのです。




個人的には赤い海と渦巻き模様の組み合わせが原始的な世界を彷彿とさせて神秘的だなぁと思います。


1970年に制作されたこの作品。今でも見ることができます。詳細はRobert Smithson, Spiral Jettyよりどうぞ










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